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大阪地方裁判所 昭和61年(ワ)11458号 判決 1988年3月29日

原告

甲野太郎

右訴訟代理人弁護士

上坂明

黒田建一

永嶋靖久

能瀬敏文

荻原研二

池田直樹

被告

大成火災海上保険株式会社

右代表者代表取締役

佐藤文夫

右訴訟代理人弁護士

西村日吉麿

岸本淳彦

主文

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は、原告の負担とする。

事実

一  当事者の求めた裁判

1  原告

(一)  被告は、原告に対し、一五〇〇万円およびこれに対する昭和六一年一二月二五日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

(二)  訴訟費用は、被告の負担とする。

(三)  仮執行宣言。

2  被告

主文と同旨。

二  原告の請求原因

1(損害保険契約の締結)

原告は、昭和六〇年八月三一日被告との間で、原告を被保険者、被告を保険者とし、同日午後四時から昭和六一年八月三一日午後四時までを保険期間とし、保険料を一年間八三〇円とし、原告が右保険期間中にゴルフの練習、競技または指導中、他人の身体の障害およびこれに起因する死亡について法律上の損害賠償責任を負担することにより損害を被つたとき、被告は五〇〇〇万円を限度として原告の右損害を填補する旨のゴルフ特別約款の適用がある賠償責任保険契約(以下、「本件保険契約」という。)を締結し、契約締結と同時に右保険料を被告に支払つた。

2(事故の発生)

原告は、昭和六一年五月九日午後一時三〇分ごろ、当時の勤務先であつたハマ工芸の取引先であり、大阪市城東区蒲生二丁目所在の文栄堂へ商品の引取に訪れた際、入口に置かれていたゴルフクラブ(ウッドの一番)を持出し、同事業所の南側を東西に通じる道路(以下、「本件道路」という。)上で、道路上に落ちていたタバコの吸殻一本をゴルフボールに見たて、同道路の南側の公園の方に飛ばすことを想定し、タバコの吸殻をめがけてゴルフクラブを打ちおろしたところ、たまたま同所を自転車で通りかかつた刀根真知子の胸部に右ゴルフクラブのヘッド部分が当り、よつて、同女に胸部打撲による心臓挫創の傷害を負わせ、その結果、同日右傷害に基づく心タンポナーデにより同女を死亡するに至らしめた(以下、右事故を「本件事故」という。)。

3(本件事故後の経過)

(一)  原告は、本件事故について、昭和六一年六月一七日重過失致死罪で大阪地方裁判所に起訴された。

(二)  原告は、刀根の遺族らに対する被害弁償のため本件保険契約に基づく給付を得るべく、同年六月一三日被告に事故報告書を提出したところ、被告は、同月一九日付で本件事故は本件保険契約にいうゴルフの練習に該当しないので原告の請求に応じかねる旨回答した。

また、原告は、右遺族らから同年七月一日付で総額四八八七万四一三六円の損害賠償を請求されたので、同月二二日に被告に右請求書の写を添付して再び保険給付を請求したところ、被告は、同月二四日付で原告に対し、同様の回答をした。

(三)  そこで、原告は、ハマ工芸を退職してえた退職金および解約した預金等により同年八月七日三〇〇万円、同年一〇月二日六〇〇万円をそれぞれ自ら捻出し、本件事故に対する被害弁償の内金として刀根の遺族に支払つた。

(四)  前記刑事裁判においては、被害弁償の程度、被害者遺族の宥恕の有無が量刑上の大きな要素となつていたが、原告は、右遺族らから、右内金程度の被害弁償では示談に応じられず、嘆願書も書けない旨告げられ、結局示談不成立のまま同年一〇月三日重過失致死罪で禁錮一年、執行猶予三年の有罪判決を宣告され、右判決は、同月一七日確定した。

4(損害)

(一)  前記のとおり、本件事故は、本件保険契約にいうゴルフの練習中他人に身体の障害を与えた場合に該当するから、これによつて原告が負担した前記九〇〇万円は、本件保険契約に基づき填補されるべきである。

(二)  原告は、このような不測の重大事故に備え、本件保険契約を締結したのに、保険金の給付が得られなかつたため、右遺族らに対する被害弁償を十分履行できず、そのため、刑事裁判の量刑上不利に評価された。原告は、これにより多大の精神的苦痛を受けたが、これを慰謝するには五〇〇万円が必要である。

(三)  原告は、弁護士である原告訴訟代理人に本件訴訟追行を委任し、本件訴訟終了時に執酬として一〇〇万円を支払う旨約した。右一〇〇万円も被告の債務不履行と相当因果関係のある損害である。

5 よつて、原告は、被告に対し、本件保険契約に基づいて九〇〇万円および保険契約不履行に基づく損害賠償として六〇〇万円の合計一五〇〇万円ならびにこれに対する保険金請求権発生後または債務不履行の日の後である昭和六一年一二月二五日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

三  請求原因に対する被告の認否および主張

1  請求原因1および2は認める。

2  同3(一)および(二)は認め、同(三)は知らない。同(四)のうち、原告主張どおりの判決があつたことは認めるが、その余は知らない。

3  同4(一)および(二)は争う。同(三)は知らない。

4  本件保険契約によれば、被告が填補責任を負うのは、原告がゴルフの練習、競技または指導中に他人に加えた身体の障害に限られるところ、本件事故は、右契約にいう練習中の事故に該当しない。すなわち、当該行為が技術、技能の習得維持向上のために一定の行為を反復して練り習う行為である練習といえるためには、練習に適した場所において、練習といえる方法、態様で、その成果をえるに必要な自由な時間帯に為すことが必要であつて、その行為は社会通念上何人が見ても練習と是認されるべきものでなければならず、ゴルフの練習もまたこの例にもれない。

これを本件についてみると、本件道路の幅員は、側溝を入れても3.14メートルの狭い道路で、自動車の通行が禁止されているためかえつて歩行者や自転車で通行する者が多いいわゆる生活道路で、ゴルフの素振のような危険な行為が認められる場所ではない。道路交通法七六条は、危険の防止、交通の安全を図るため、路上における球戯、ローラースケートまたはこれらに類する行為を禁止しているが、ゴルフの素振は右球戯やローラースケートに類する行為に含まれる。このように、路上におけるゴルフの素振は、法律上は禁止されているばかりか、事実上も通行の妨害となり、練習としても十分には行えないのであるから、路上は、およそ練習に適した場所とはいえない。また、タバコの吸殻をゴルフボールに見立ててショットをするが如き行為は、それ自体ゴルフの練習といえる態様ではない。しかも、本件は勤務時間中の行為であり、練習に適した時間帯ではない。

以上のとおり、原告の右行為は、客観的にみて、ゴルフの練習には該当しないから、本件事故は、被告が本件保険契約で填補責任を負う損害にはあたらない。

5  右のとおり、被告には保険金支払義務はないから、右支払義務の存在を前提とする原告のその余の請求も失当である。

四  被告の主張に対する原告の認否および反論

1  被告の主張4および5は争う。

2  保険約款の解釈にあたつては、文言をとりわけ重視すべきであるところ、ゴルフ特別約款と同趣旨の条項をもつテニス特別約款ないし被保険者自身の身体に被つた傷害を担保する保険であるゴルファー傷害担保特約条項にはそれぞれ場所的限定が明記されているが、ゴルフ特別約款については、そのような限定がないから、本件保険契約は、ゴルフ場以外で発生した保険事故についても適用がある。また、わが国では、運動場、広場、路上などにおいても行われていることに照らせば、本件保険契約が保険給付の対象とする練習とは誰がみても明らかに練習といえないものを除くすべてを含むものと解すべきであり、したがつて、原告の前記行為がゴルフの練習に当ることは明らかである。なお、ゴルフ特別約款と同趣旨のハンター特別約款には、法律上禁止された場所での銃器の使用行為については保険会社が保険金給付義務を負わない旨の免責条項が明記されているが、ゴルフ特別約款にはそうした規定がないから、被告は、本件事故については、法律上禁止された場所での行為であることを理由に免責されない。

五  原告の反論に対する被告の認否および再反論

1  原告の反論2は争う。

2  各賠償責任保険は、それぞれ独自の歴史的背景のもとに社会的要請に応じて制定、発展してきたものであるから、他の賠償責任保険の文言により本件保険契約を解釈することはできない。

六  被告の抗弁

かりに、原告の行為がゴルフの練習に該当するとしても、それは刑罰法規に該当する反社会的違法行為であるから、その結果発生した損害を填補することは違法な行為を助長ないし容認する結果となり、法秩序ないし公序良俗に反する。よつて、原告の本訴請求は、信義則に反し、許されない。

七  抗弁に対する原告の認否

争う。賠償責任保険の合理性は、保険給付の反道義性よりもむしろ、被害者救済を優先させるところに見出されるべきである。

八  証拠関係<省略>

理由

一請求原因1(損害保険契約の締結)、同2(事故の発生)の事実、同3のうち、原告が昭和六一年六月一七日重過失致死罪で大阪地方裁判所に起訴され、同年一〇月三日重過失致死罪で禁錮一年、執行猶予三年の有罪判決を宣告され、同月一七日右判決が確定したことおよび被告が本件事故につき原告に対し、保険金の支払を拒絶していることは、いずれも当事者間に争いがない。

二右争いのない事実に、<証拠>を総合すると、次の事実が認められる。

1  原告は、昭和四八年ごろ大阪市城東区鴫野東一丁目一番一二号にあるハマ工芸に入社し、営業を担当していたが、取引先であり、大阪市城東区蒲生二丁目五番一四号でプラスチック製品の製造を営む文栄堂(小西敏之経営)に発注した製品を引取るために平均して週に二、三度の割合で同社を訪れていた。原告は、昭和五六年ごろからゴルフを始めたが、文栄堂では、昭和五九年ごろから同事務所入口付近に常時ゴルフクラブ数本を立てかけており、文栄堂の工場長小西雅利が昼休みなどに素振に用いていたので、まもなく、原告も文栄堂を訪れた際、右小西とともにゴルフの素振をするようになつた。

2  原告は、昭和六一年五月九日午後一時三〇分ごろ、文栄堂を訪れ、注文していたプラスチック製品を受取り、原告が運転してきたハマ工芸のライトバンに積込んだのち、同日午後一時四〇分ごろ文栄堂の事務所に戻り、入口に置いてある前記ゴルフクラブの中からウッドの一番(全長約1.11メートル)を持出し、文栄堂の南側の本件道路上に出た。原告は、本件道路に出た際には左右を確認し、通行人のないことを確かめたものの、その後は通行人の有無をまつたく確認しないまま右道路の北側から約0.9メートルの位置に西方を向いて立ち、ゴルフクラブを振上げて北から南方向に打降ろし、そのまま振抜いたところ、たまたま原告の南側を東方から西方に向かつて自転車に乗つて通過しようとした刀根真知子(当時三六歳)の胸部のほぼ中央を振抜いたゴルフクラブのヘッド部分で強打してしまい、よつて、同女に胸部打撲による心臓挫創等の傷害を負わせた。同女は、原告においてあわてて「大丈夫ですか」と声をかけたのにも無言でそのまま七メートルほど進んだ地点で停止し、その場に崩落ちるように倒れたので、直ちに救急車で大阪市城東区中央一丁目七番二二号所在の東大阪病院に運ばれたが、右心臓挫創による心タンポナーデにより、同日午後三時五七分死亡した。

3  本件事故の現場付近は、住宅街であり、本件道路をはさんで北側は文栄堂などの事務所のほか、住宅等の建物が立並んでおり、南側には児童公園がある。また、本件道路は、市道であるが幅員が3.14メートルと狭いので、車両(自転車および許可車を除く)は終日通行禁止となつているが、JR環状線等の京橋駅に通じており、歩行者等の通行量の多い道路である。ちなみに、本件事故の一週間後の昭和六一年五月一六日の午後一時四〇分から同二時一〇分までの三〇分間に大阪府城東警察署巡査が文栄堂前で本件道路の通行量を調査した結果、単車、自転車の合計は一二台、歩行者は二八名であつた。

4  原告は、本件道路上でゴルフクラブを振回したことに重大な過失があるとして、本件事故について、昭和六一年六月一七日重過失致死罪で大阪地方裁判所に起訴され、右刑事裁判の結果、昭和六一年一〇月三日重過失致死罪で禁錮一年、執行猶予三年の有罪判決を宣告され、右判決は、同月一七日確定した。

以上の事実が認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

三前記争いのない請求原因1の事実によると、本件保険契約は、原告(被保険者)がゴルフの練習、競技または指導中、他人の身体の障害およびこれに起因する死亡について法律上の損害賠償責任を負担することにより損害を被つたとき、被告(保険者)が五〇〇〇万円を限度として原告の右損害を填補する、というものであり、前認定の事実によると、本件事故における原告の行為がゴルフの競技または指導中のものでないことが明らかであるから、本件で問題となるのは、右の原告の行為が「ゴルフの練習」に当るかということに尽きる。

四1  ところで、<証拠>によると、被告が取扱つている賠償責任保険約款では、ゴルファーである被保険者自身の身体に生じた傷害を担保する保険についてはゴルファー傷害担保特約条項をもうけていて、事故の発生を「ゴルフ場」内におけるものと限定し、「ゴルフ場」とはゴルフの練習または競技を行う施設を有しかつ名目のいかんを問わず施設の利用について料金を徴するものをいうと定めていることが認められるが、<証拠>に徴しても、本件保険契約については、「ゴルフの練習、競技または指導」との定めがあるだけで、右のような場所的限定は加えられていないことが明らかである。

2  そこで、右の対比からすると、当該の行為がゴルフの練習、競技または指導の外形をとつている以上その場所のいかんを問わず、本件保険契約におけるゴルフの練習、競技または指導に当るという解釈もありえないではない。しかしながら、そのように解することは相当でない。その理由は次のとおりである。

(一)  まず、<証拠>によると、ゴルファーである被保険者自身の身体に生じた傷害を担保するゴルファー傷害担保特約付保険においては、当該の傷害がゴルフの練習、競技または指導中に生じたものでないのにそうであるとして保険金を請求する事例が生じる余地があるので、保険事故の原因を明らかにするために場所的制限をもうける必要があるが、本件保険契約の対象である保険においては、加害者(被保険者)と被害者が存在する関係で前者が損害賠償責任を負担することによつて被る損害の原因が明らかであるから、明白な場所的制限をもうける必要は必ずしもないものと認められる。したがつて、本件保険契約にはゴルファー傷害担保特約付保険のような場所的限定がないからといつて、このことから直ちに場所の限定は一切ないと結論付けることはできない。

(二) 次におおよそスポーツは、体力等の維持、増進、精神の活性化などという好ましい結果をもたらすものであるが、反面多少の危険を伴うものであり、プレイヤー自身あるいは第三者に不測の事故を生じることも少なくないのである。しかし、必要適切な対策、配慮をすればその危険性を除去できるか、そうでないまでも可及的に減少することができるものであつて、これらの対策、配慮は、それ自体ある程度専門的な知識や一定の経験を必要とすることもあるが、かなりの程度に定型され単純化されているものであつて、そうであるからこそ当該の動作が一面では危険を伴うことがあるにもかかわらず、スポーツとして是認され、広く奨励されているのである。すなわち、スポーツがスポーツとして是認されるためには、社会通念に照らして右の意味における定型化され単純化された対策、配慮が伴つているといえることが必要であり、こうした対策、配慮を全く欠如した動作はもはやスポーツに名を借りた危険行為の域を出ないというべく、それは社会通念に照らしスポーツということができないのである。ゴルフについてみると、ゴルフは、ゴルフボールを最少打数で一〇〇メートル位から五〇〇メートル位遠方にある目的のホールに入れることを競う競技であり、個々の打撃においてはゴルフボールを目標方向になるべく遠く、あるいは一定距離に飛ばすことが必要である。そして、そのための道具としてゴルフボールとゴルフクラブがあるが、右競技の性質上、ゴルフボールは体積の割合には重い硬球を用い、これを打つゴルフクラブもゴルフボールを遠方に飛ばせるよう、クラブヘッドを硬く、重くするなどして打球の際の衝撃を強力にするよう設計されている。

ゴルフボールを打つ場合には、その到達距離は三〇〇メートルを超えることもあるといわれ、ゴルフボールの硬度、速度と相まつてこれが当つた場合の危険は大きく、また危険の及ぶ範囲も広い。ゴルフの競技にあつては、競技本来の目的を達成するためにも、また右のようにしてゴルフボールを打つことから生じる危険を除去するためにも、そのためにふさわしい面積と設備をもつているゴルフ場内で競技することが当然期待されるから、ゴルフの競技という以上は性質上当然に右の意味における場所的限定が加えられるべきである。ゴルフの練習には、ゴルフの競技のような意味での場所的限定を加える必要はないが、それでもゴルフボールを打つことを内容とする練習にあつては、ゴルフボールの到達距離の大きさと飛行方向に必ずしも一定性を確保しがたいところから、危険を除去するためにゴルフ練習場のような広い面積を確保するとか、ネット等でゴルフボールが一定範囲を逸出しないような設備をもうける等の場所的限定が当然に加わるべきものである。

本件において原告がした素振については、ゴルフボールの到達範囲ということを考慮する必要はないが、クラブヘッドのスピードは高速で、そのヘッドの材質と相まつて、これが人の身体に当つた場合は重大な結果を招来するから、そのこと自体が極めて危険である。のみならず、素振においては、ゴルフボールを正確に打つための練習であることから、まず、ゴルフボールの所在場所と見立てた地面上の特定地点から一定の間隔のところに足場を定め、次いで、目の位置からすると斜め下の地面上の特定点を終始注意しながら、ゴルフクラブを振上げ、トップ・オブ・スイングに持つていつたのち、一気に振おろし、クラブヘッドを右の特定点を通過させてこれを振抜くという動作をするのが特徴である。したがつて、プレイヤーは素振中はもとよりその直前をも含めて周囲の状況に注意を払うことが不可能である。

そうであるから、ゴルフクラブを素振するためには、プレイヤーの前後左右に、人が危険範囲に入込まないような物理的障害があるとか、その場所の性質上人が危険範囲に入込まないことが客観的に期待されるなどプレイヤー自身の監視によらずに一定範囲の空間が排他的に支配されていることが不可欠である(なお、ゴルフボールを打つことを内容とする競技または練習においても、この一定範囲の空間の排他的支配が要請されているものということができる。)。すなわち、ゴルフの練習におけるゴルフクラブの素振がスポーツの一環として是認されるためには、右の空間の排他的支配が不可欠であるというべきである。

(三) ところで、本件のような賠償責任保険約款において用いられている概念の内容を確定するにあたつては、社会通念に従うべきことは当然であるうえ、スポーツに関してもうけられている賠償責任保険約款においては、関心の最大事がその危険性の程度の把握にあるから、明示の定めがないかぎり、そこでいわれているスポーツは定型性をもつたもの、すなわち叙上の意味で危険性が除去あるいは減少されたものとして社会的に是認されて定型を備えたものを対象としているものと解すべく、このことは、保険契約の当事者も当然に前提としているものというべきである。本件保険契約において用いられている「ゴルフの練習」の意義を確定する場合もこれと異ならず、性質上叙上の意味での一定空間の排他的支配を伴つたものでなければならないと解すべく、こういつたことは、ゴルフをする者にとつてはことさらにいうまでもなく明白なことであり、またそういつたことを達成することにそれほど困難が伴うものでないから、このように解してもスポーツの定義にいわれない制限を加えるものではないし、<証拠>によると、保険約款作成の際にも当然にこのことが前提とされていたものと認められる。右に反する原告の主張は、採用できない。

五そこで、本件についてみるのに、前記認定事実に照らすと、本件事故が発生した本件道路は、幅員が比較的狭く少なからぬ歩行者や自転車の通行がある道路であり、本件事故が発生した時間帯には少なからぬ単車および自転車の通行があるから、右の場所および時間帯を考慮すれば、本件事故発生当時本件道路上でゴルフの素振をすれば、ゴルフクラブが通行人等に衝突し、重大な結果を招来しかねない危険性の存することは明らかである。それにもかかわらず、原告は右危険性に思いを至さず、当初本件道路上へ出た時以外は全く通行人の存否等を確認することなく本件道路上でゴルフの素振をしていたのであるから、空間の排他的支配は認められないばかりか、右危険性の除去ないし減少に対する対策も何ら払われていなかつたといわざるをえない。それゆえ、本件事故の原因となつた原告のゴルフの素振は、ゴルフの練習としての定型を欠き、スポーツとして当該行為の危険性ないし違法性を阻却するものではないから、本件保険契約にいう練習には該当しない。

したがつて、被告は、本件事故について原告に保険給付をすべき義務を負わない。

六以上のとおり、本件事故は、本件保険契約にいうゴルフの練習中生じた他人の身体の障害には該当しないから、原告の本件請求中保険金支払を求める部分は理由がなく、したがつて、右支払義務の存在を前提とする原告のその余の請求も理由がない。

よつて、原告の請求をいずれも棄却し、訴訟費用の負担について民訴法八九条に従い、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官川口冨男 裁判官田中敦 裁判官古財英明)

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